日本では〝ブレイクダンス〟の名で知られる「ブレイクイン」。これは1970年代に、ヒップホップカルチャーをルーツにニューヨークのサウスブロンクス地区で発祥したストリートダンスだ。パリ五輪の正式種目として採用され、注目度は高まるばかり。その日本代表を勝ち取ったのが、福島あゆみ。フィジカル的にピークとはいえない40歳だが、年齢を気にすることはない、と語る。
「ブレイクインのカルチャーは年齢の幅が広く、大会には先輩もいっぱいいるし、活躍している同世代も多いんです。そもそも私はブレイクインと出会ったのが21歳と遅く、本気で頑張ろうと思い始めたのが20代後半。子どもの頃からやっている若い人たちとキャリアは変わらない。自分ではベテランという意識もないので、メディアが年齢に注目するのを不思議に感じるくらいです。ただそれも、健康で丈夫な体があってこそ。自分の体には感謝しかありません」
カルチャーから始まり、スポーツとして浸透し、想像力や表現力、コミュニケーション力を養えるなど学びの多いブレイクイン。「大会に出ることがすべてではなく、バトルだけじゃなく、単純に皆で踊り合うという楽しみ方も。年齢は様々で、私が教えているのは3歳の子供から上は60歳近い人まで。何をしたいか、どこを目指すかはそれぞれだから、年齢の区切りがなく何歳になってもできるんじゃないかな」
できないことでなく、何が出来るかを考える
チームの仲間と一緒に練習をしているときは年齢を忘れていて、体力や気力も始めた頃と変わらない。でも体の声を聞きながら自然にマイナーチェンジしている部分はある。「一番は練習量ですね。30代後半からは練習時間と内容を工夫しています。体力の衰えは感じていないのですが、頑張りすぎると関節を痛めたり怪我をしたりして次の日の練習に影響することも。若い人みたいにひたすら練習量を増やす、というわけにはいきません。あと、昔より背中などの筋肉自体が硬くなっていて、これは動きにダイレクトに影響するので、筋肉を温めてほぐすストレッチやウォーミングアップには時間をかけるようになりました。この時間は他の人より圧倒的に長いと思います」
速い動きやダイナミックさは若い世代には敵わない。それを新しい表現や技、ディテールを探すチャンスととらえ、できないことでなく、何が出来るかに目を向けて、しなやかな進化を続ける福島。「ブレイクインは、ある意味ノールール。しなきゃいけないマストな動きがあるわけではなく、基礎さえしっかり持っていれば、そこからは自分の創作次第。できることは無限にあるんです。そこが私の好きなところの一つで。1個できないことがあっても、1年かけて違う方向に進もうと思えるタイプなので、むしろプラスだな、と。とにかくいつも今の自分よりさらにアップデートしたい」
オリンピックに向けて語る、今の心境とブレイクインへの想い
これまでの大会とはちょっと違う意味を持つ、人生初のオリンピックを目前に控えた今、どのような感覚で毎日を過ごしているのだろうか。「いつも、次はこれ、次はこれ、と目の前の大会のことだけを考え、とりあえずその日まで頑張ろうという意識を持ってやっています。だから今のところ、重圧はそれほど感じていません。日本の女子はめちゃくちゃレベルが高くて本当に接戦ですが、こうしてみんなで競い合う経験は最初で最後かもしれないので、それを楽しみながら自分が納得できるダンスができたらいい、という気持ちで臨んでいます。結果を考えるから怖くなるので。もちろん、その時がきたら、きっと重圧もかかると思うけど、そもそもオリンピックが目的でこの競技を始めたわけじゃないし。私たちはダンスのいろいろな楽しみ方を教えてもらってきて、これからは次の世代に伝えていかなきゃいけない。ブレイクインの魅力をもっと多くの人に知ってもらうために、やるべきことはまだまだありますから」
日本のブレイクインを牽引する第一人者としての強い意志を感じさせるが、実は元々の性格は臆病で、人前に出るのも苦手だったそう。「時間をかけてかけて石橋を渡らないタイプ。新しいことをやるのが怖くて、半年かけて練習したムーブもなかなか出さないから、仲間に〝早く使ったらいいのに〟と言われるくらいでした。でも最近は1ヶ月に1回、世界大会があるなどラウンド数が多く、すごい量をこなさないといけないので、新しいことを作って、どんどん出しちゃえという感覚に。殻を破って勇気を出せるようになったというか。毎回、失敗を恐れず、持っているものを出し切ることを目標にしています。このプロセスは大きな変化。今はそれがしっくりきて、少しずつ〝あゆみの動きはこうだね〟と言ってもらえるようになってきたかな。新しいことに挑戦できると思うとワクワクします」
挑戦し続けるために実践するボディ&メンタルのメンテナンス法
特別なことはやっていない、と言いながら、心と体のメンテナンスを怠らない。それこそ一流の証し。「体づくりのコアトレは練習前に。どれだけ疲れていても眠くても、夜のリセットルーティンとして、ストレッチと入浴を欠かしません。ストレッチは1時間近く、お風呂は43℃の湯船に30分程度入り、温冷交互の入浴をしたり。しっかり温まると関節の痛みが楽になり、体の疲れも解消するので、深く眠れる気がします」
昨年あたりから、自分自身の時間を持つことも意識しているそう。それもデリケートな〝弱メンタル〟を守る有効な対策である。「ダッシュして出かけ、帰って寝るだけの生活はやめました。どれだけ忙しくても、仕事やお付き合いを削ってでも、朝や夜寝る前にほっこりする時間をつくって、コーヒーを飲みながらNetflixを見たり、最近の出来事や感じたことを書き出してみたり。日記だと義務になり、できなかった自分を責めることになるので、書きたいときだけ。自分の心が幸せてであってほしいっていうのが一番。疲れたときは、何を考えてもネガティブになるし、答えが出ないこともわかっているから、とにかく寝ます。早く寝れば、朝起きたときに気分もスッキリしているし」
自覚はなさそうだが、程よく力を抜くセルフコンディショニングが功を奏し、メンタルは高め安定。数カ月前からピルも飲み始めた。「それまでは生理の時にも大会に出ていたし、生理前の落ち込みやイライラもそれが普通、と受け止めていました。特に気に留めていなかったんですが、体の変化や練習がきつく感じる。というのはやっぱりあって。ピルを服用してから、気持ちの面でもフラットになり、生理がなかったり短くなったりして煩わしさがなくなり、想像以上に体は楽です」
最後に、年齢を理由に挑戦できない人にメッセージを届けてくれた。「去年40歳になった私が姉に言われたのは〝もう人生の折り返しだから、やりたいことをやって生きたほうが良い〟。二人とも、何かをやらずに終わるより、やってどうなるかを見たいタイプなんです。キャリアバリバリにお仕事をしている方とか、お子さんがいる方とか、環境は様々で、昔より体も疲れやすいかもしれないけれど、気持ちも一緒に落ちちゃうのはもったいない。自分や周りがハッピーでいられることを優先に考え、この年齢だからこそ、できないかもではなく、興味があってチャンスがあるならやれることは全部やる。やってみて合わなければやめればいいんです。一度しかない人生、立ち止まらずに進めば、何歳になっても今より成長できるはずです」
AYUMI FUKUSHIMA 福島あゆみ。ブレイクダンス女子2024年日本代表。ダンスクルーBodyCarnival所属。1983年6月22日生まれ、京都出身。高校卒業後、カナダに留学中の21歳でブレイクダンスと出会い、カナダやアメリカで大会に出場し経験を重ねる。2007年に帰国後も国内外で活動。21年世界ブレイクダンス選手権優勝、22年ワールドゲームズで銅メダル獲得。22年、23年の全日本選手権では連覇を達成。幼稚園や保育園でダンスと英語を教える活動も。
Text: Eri Kataoka Editor: Misaki Kawatsu